ナノハナ
お天気は晴れ時々曇り。
今日は甘平(かんぺい)の初収穫をしました。
残念な事に、川沿いの園地という環境と、梅雨時の大雨のせいか、黒点病の被害を受けている果実が結構あったのでした。
甘平は皮が薄いので、夏から秋の成長期に実が弾けてしまう事も多く、本当に作るのが難しい柑橘です。
それでも手で皮を剥きやすいし、格別の甘さと美味しさでとても人気が高いのです。
楽しみに待ってくれている人が多いので、なんとかめげずに頑張りたいです。
今回家のリフォームをする計画があって、30年近く我が家のリビングに鎮座していたピアノを、ついに手放す事にしました。
じいじが買ってくれて、娘達がずうっと使っていたKAWAIのピアノです。
とてもいいピアノだそうですが、もうあまり弾かれる事もなくなって、調律も長らく行っていませんでした。
はたしてこんな古いピアノに値がついたりするのでしょうか?
逆に引き取ってもらうのに、回収費としていくらか支払ったりしなくてはならないのかも?
ところが、ネットでピアノ専門の引き取り業者数社に査定してもらった所、全て結構な金額での見積もりの連絡があったのでした。
そこでコロナ禍という事もあり、愛媛から近い運送業者さんが来るという、2番目に高い見積もりを出してくれた業者さんにお願いする事にしました。
ピアノの引き取りの前日には、感謝を込めてピアノを拭きあげ、ピアノの裏側の埃も小筆で払いながら綺麗に綺麗にしました。
さあ、とうとうピアノの旅立ちの日が来ました。
運送業者さんは大きなクレーン付きのトラックで、2名で来られました。
ピアノの内部を開いて全ての鍵盤を一つ一つ外して状態を調べ、音が出るかなどを丹念に調べておられました。
あらら、鍵盤の間から百円が出て来ましたよ。
平成8年!
そういえば、ちょっと出にくい音があると昔娘達が言っていた事がありましたが、この百円の仕業だったのかも(笑)
ピアノの表面には長年の経年劣化で生じた微細な傷があったので、はたして見積もり通りに支払って貰えるのかちょっと心配していたのですが、特に問題は無かったようで、見積もり通りの金額を戴く事ができました。
古いピアノにこれだけの価値がある事に、とても驚きました。
調べてみるとKAWAIの希少なモデルで、グランドピアノと同じ仕様の譜面台と鍵盤蓋があり、海外でも人気のあるピアノだったようです。
思い出のあるピアノです。
ピアノを習い始めた幼いHが最初に使っていたのは、私が嫁ぐ時に持って来たオルガンでした。
しばらくオルガンと親しんでいたHでしたが、やがてそのオルガンの音が出なくなり、粗大ゴミに出す事になったのです。
その時、回収場所にお別れについて来たHがわあっと泣き出したのでした。
その様子を見たじいじが買ってくれたのが、このピアノだったのです。
新しいピアノを楽しそうに弾くHの姿を、嬉しそうに眺めていたじいじの顔も思い出します。
以下はその頃じいじ(井上淳一)の詠んだ歌です。
オルガンの歌 凡照
母子二代長き使用に堪え来しが遂に鳴らなくなりしオルガン
粗大ゴミに出すオルガンとお別れにゴミ置き場までついてゆく孫
オルガンとお別れせしが切なくて夕餉もとらで泣きじゃくる孫
ぢいちゃんがピアノを買うてやらうわい可哀想さと可愛さについ
ハルカちゃんご飯ですよと言ふ声を聞き流しつつピアノ弾く孫
曲のこと分かっとるよな顔をしてうしろに立ちて褒めてやる役
(「凡照詩歌翰墨集」より)
あらためてじいじに感謝です。
小学生だったHと一緒に母娘でナウシカのレクイエムを連弾した事もありました。
母は間違ってばかりでしたが(笑)
ピアノの教本を一気に何ページも予習して、凄いスピードで進んだH。
ピアノの先生にもよく褒めてもらいました。
今ではプロのサクソフォン奏者のH。
このピアノが彼女の音楽の扉となってくれたのかもしれません。
ゆっくりと運ばれて行くピアノ。
あの大きなピアノを二人でトラックまで運ぶ業者さんもお疲れ様です。
ピアノの無くなったリビングはがらんとしてやけに広く感じます。
さようなら、ピアノ。
長い間、本当にありがとう。
水縹なる一月の手術服 さち
みずはなだなるいちがつのしゅじゅつふく