つれづれなるさっちII

俳人 井上さちの日々 第一句集「巴里は未だ」(文學の森)

「あなた、鳥の人?」〜神奈川の公園にて〜

雨の結婚記念日。

先日の神奈川の公園での一コマをつたない文章にしてみました。









「あなた、鳥の人?」

蝶を観察に行っていた自然公園の東屋でお茶を飲んでいた午後、ふいに上品な老婦人から声をかけられました。
ご婦人は帽子に長袖長ズボンの山行きのような格好。
首には双眼鏡を下げておられます。
きっとバードウォッチングに来られたんでしょう。

「いえ、蝶を観にきました。」
「それならさっきあっちで蝶に詳しい男の人達が3、4人連れ立って歩いていたから、その人達について行くといいわよ。」
「ありがとうございます。」

「あなたどこから来たの?」
「愛媛です。」
「まあ、そんな遠くから?」
「はい、句会で東京へ来たのでこちらまで足をのばしてきました。」
「あなた俳句を?」
「はい。」
「そう、私は童謡をするのよ。」

童謡をする?
このご婦人が童謡の作詞あるいは作曲をするのか、はたまた童謡の研究をしているのか、単に趣味のコーラスグループで童謡を歌っているのか、それがいまひとつわからなかったけれど、なんだか明るくて楽しそうなお方です。

「そうですか〜。」と聞いていると、
「こんな美しい童謡があるのよ。」
と聞いた事のない文語的な歌詞を流れるように暗唱して下さったのです。
母や故郷を懐かしく思うような叙情的なフレーズでした。
でも今になるとどんな歌詞だったのかはっきりと思い出す事ができません。
ああ、あの時ちゃんとメモしておけばよかった。。
なんでもその童謡はご婦人が幼い頃によくお母さんが歌ってくれた曲なのだそうです。

「素敵な唄ですね〜。」
「そうなの、ありがとう!」

「私は今日ね、鳥を見に来たのよ。この先の林の中でアオゲラが卵を温めていてね。もうそろそろヒナが孵る頃なのよ。」
「ああ、さっき林の中で、椅子に座ってずっと木を見上げている人達がいましたよ。」
「きっとそこね、親がかわりばんこで卵を温めているの。雌が温めている時は雄が食事に行ってるんだけど、あんまり雄の帰りが遅いとね、雌が待ちくたびれたようにそわそわっと顔を出したりして、本当にかわいいのよ。」

「でもね、前にはタイワンリスに巣が襲われてしまった事もあるの。あの時はとっても残念だったわ。」
「そういえば外来種タイワンリスが増えて困っているという貼り紙を見ました。」
「そう。こんな小さな森の中にもいろんなドラマがあるのよね。」
「本当ですね〜。」

「じゃ、あなた気をつけておうちに帰ってね。ここをふるさとだと思ってまたおいでなさいな。」
「はい、嬉しいです。お元気で!」

別れ際、最後に
「ところであなた大学生?」
と聞かれて思わずのけぞりました。
きっとつばの広い帽子をかぶっていたから、私の顔のしわやしみがよく見えておられなかったんでしょう。

「いえいえ、私はとうに。。末っ子がやっと大学を卒業した所です。」
「あらそう、若いわね。」

「じゃ、さようなら」
「さようなら、楽しいお話ありがとうございました。」

思い出したら思わず微笑んでしまうような爽やかで不思議な出会いでした。
ここをふるさとだと思って・・という言葉が胸に沁みた午後でした。











万緑やあなたは鳥の人ですか  さち